マイナ保険証への強引な移行策が露呈する問題点
国民の行動管理、デジタル排除、そして救急医療の現場の混乱
従来の健康保険証が、その役目を終えようとしています。2025年7月末には後期高齢者や国民健康保険の加入者の保険証が、そして12月には多くの会社員とその家族の保険証が失効します。これにより、マイナンバーカードに保険証機能を持たせた「マイナ保険証」か、「資格確認書」がなければ医療機関を受診できなくなるのが原則です。しかし、この強引な移行策には、多くの問題と矛盾がはらんでいます。
「国家による市民の行動管理と信頼の崩壊」
国はマイナ保険証への一本化を、デジタル化による利便性向上や医療情報の共有といったメリットを強調して進めてきました。しかし、その実態は国民の不安と不信を増幅させるものでした。他人の医療情報との紐付け、読み取り機の不具合、文字化け、そして電子証明書の有効期限切れによる受診拒否など、相次ぐトラブルは不信感を決定的なものにしています。これらの問題は、技術的な不備だけでなく、市民の生活に直結する医療制度を軽視したずさんな運用体制を露呈しているのです。
市民からは「なぜ従来の保険証ではだめなのか」という当然の疑問が絶えません。マイナンバーカードは本来、任意で取得するものです。しかし、保険証と紐付けることで、事実上、国民皆保険制度を利用するためにはマイナンバーカードが必要となり、任意の原則は崩れました。これは、市民の選択権を奪うものであり、強引な手法と言わざるを得ません。
この強引な政策の背景には、マイナンバーカードの普及を急ぎたい政府の思惑が透けて見えます。その真の目的は、市民の個人情報を一元的に管理することではないかという疑念が根強く存在します。銀行口座、免許証、医療情報など、あらゆる個人情報を紐付けることで、国家による市民の行動管理が容易になるという懸念です。
「デジタル排除と取り残される人々」
2025年9月19日から、マイナ保険証はスマートフォンでも利用できるようになりました。しかし、全ての医療機関や薬局が対応しているわけではなく、普及には時間がかかると予想されます。
利用開始には、マイナンバーカードで「保険証利用登録」を済ませ、さらに「マイナポータルアプリ」を使って電子証明書をスマートフォンに搭載する手続きが必要です。これらの手順には、暗証番号の入力やアプリ操作が伴うため、デジタル機器の操作に慣れていない方にとっては非常にハードルが高いのが現状です。スマートフォンの電源が切れていたり、故障していたりすると、マイナ保険証として利用できなくなるリスクも伴います。
特に高齢者をはじめとするデジタル機器に不慣れな人々にとって、この移行は大きな負担となっています。これは、デジタル化の恩恵から意図的に市民を排除する「デジタル排除」につながるものです。こうした市民の声を無視し、一方的にデジタル化を進める姿勢は、日本の社会が大切にしてきた配慮に欠けています。市民の理解を得る前に見切り発車した結果、利用率は低迷し、政府は頻繁に「暫定ルール」を設けるなど、場当たり的な対応を繰り返しています。
「マイナ救急の現場における具体的な問題点」
まず、運用の大前提となるカード携帯の不確実性が大きな障壁です。救急搬送される傷病者が、意識の有無にかかわらずマイナ保険証を常に携帯しているとは限らないため、そもそも情報自体にアクセスできないケースが多く発生します。
次に、現場での手続き負担の増大です。実証実験では、救急隊員が情報を閲覧するために、専用機器のVPN接続、カードの読み取り、そして顔認証といった一連の作業が必要となります。特に傷病者が苦しんでいる状態や、救急車のストレッチャーが背景に映り込むなどの状況では顔認証の不具合が頻発し、情報閲覧に時間を要しています。これにより、救命活動において極めて重要な現場滞在時間が延長する事例が報告されており、救急隊員の作業負荷が増すだけでなく、傷病者の救命率への悪影響が懸念されます。
さらに、意識不明時の同意問題という、倫理的・法的な課題も残ります。意識のない傷病者の生命保護のために、本人の同意なしに医療情報を確認する運用はありますが、本人の同意取得のあり方については慎重な議論が不可欠です。また、救急隊員には警察官と異なり、本人の承諾なしに所持品を確認する権限がないため、傷病者がマイナカードを所持していてもそれを発見できないという根本的な制約があります。
最後に、情報の質の課題です。オンライン資格確認システムから得られる情報は多岐にわたりますが、救急現場で救命措置や搬送先選定のために必要な情報を、その情報量の多さのなかから隊員が短時間で迅速に選別し、搬送先の医師へ正確に伝えることは困難を伴うと指摘されています。
このように、デジタル化の恩恵を最も受けるべき救急医療の現場で、マイナ救急はかえって作業負荷を増やし、救急活動の迅速化を妨げるという、本末転倒な事態を招いていると言えます。
「労働者の負担増と公平性の欠如」
マイナ保険証への移行問題は、単なるデジタル化の遅れではありません。それは、日本の社会保障制度の根幹に関わる問題であり、特に社会的に弱い立場に置かれている人々を苦しめています。
その顕著な例が、日々雇用労働者です。彼らは不安定な雇用形態ゆえに、社会保険への加入が困難な場合が多く、国民健康保険に頼らざるを得ません。近年増えている「すきまバイト」で働く人々も同様です。多くの事業所が社会保険を適用せず、労働者は自力で国民健康保険に加入しなければなりません。
しかも、日々雇用労働者を支えるための特別加入制度である「健康保険」の窓口は、行政の効率化という名目で年々縮小されています。保険証に関する手続きは、ただでさえ複雑で煩雑なため、不安定な立場の労働者にとって大きな負担です。また、医療機関での認知度が低いため利用する際の説明が必要など不便な点が多く、デジタル化の恩恵を最も受けるべきは、こうした人々のはずですが、現実にはその逆の事態が起きているのです。
マイナ保険証を導入するためのシステム開発や機器購入には、莫大な税金が投入されています。一方で、生活の基盤が脆弱な人々が利用する社会保険の窓口は減らされ、手続きの負担は増すばかりです。これは、市民の税金が一部のデジタル関連企業や利権に流れる一方で、真に支援を必要とする人々へのサポートがおろそかになっているのではないかという強い疑念を生んでいます。
「選択肢を残すという配慮こそが必要」
私たちは、マイナ保険証のメリットを完全に否定するものではありません。医師や薬剤師が過去の診療情報や処方薬を共有できることで、より適切な医療を受けられる可能性は確かにあるでしょう。しかし、それはあくまで「任意」の選択肢として提供されるべきです。
この「任意」の原則を守り、市民の選択権を尊重するよう求める声は全国で高まっています。その具体的な動きとして、名古屋市では医療団体などが参加する「マイナ保険証一本化反対実行委員会」が組織され、継続的に活動を展開しています。彼らは、病院窓口でのトラブルが相次ぐ現状を受け、「従来型の健康保険証も使えるようにしてほしい」と、街頭での集会やデモ行進を通じて強く訴えてきました。また、愛知県議会・名古屋市議会に対して「従来の健康保険証とマイナ保険証の両立を求める意見書」を国に提出するよう請願書を提出するなど、議会を通じた働きかけも活発に行われています。また、その運動は各地で取り組まれています。
市民が広く利用する医療制度であるからこそ、国は「すべての人に公平に、安心して医療を受けられる機会を提供する」という原点を忘れてはなりません。デジタルに馴染めない人々、手続きが困難な人々、そして個人情報の管理に不安を抱える人々。こうした多様な市民の声に耳を傾け、誰もが納得できる形で医療制度を運用していく必要があります。
政府が今なすべきことは、マイナ保険証への強引な一本化を一時停止し、従来の健康保険証との併用を認めることです。デジタルに慣れた人はマイナ保険証を、紙の保険証を使い続けたい人はそれを選べるようにする。選択肢を保障することで、市民の不安を取り除き、制度への信頼を回復させるべきです。
マイナ保険証を巡る混乱は、社会のデジタル化が、誰のための、何のためのものなのかを問い直す良い機会であると言えるでしょう。私たちは、誰もが置き去りにされない社会を目指すべきです。

中島光孝/著
出版社名 白澤社
ページ数 334p
発売日 2025年06月
販売価格 : 3,400円 (税込:3,740円)
目次
第一部 弁論が開かれた最高裁判決(ハマキョウレックス事件、日本郵便〔西日本〕事件―「非正規格差」をどう是正するか
空知太神社事件最高裁判決―政教分離原則違反はだれがどのような基準で判断すべきか
水俣病訴訟―公害企業救済か被害者救済か)
第二部 「戦争」にまつわる判決(大阪・花岡中国人強制連行国賠請求訴訟―国家の「強制」による「加害」を国家はいかに償うべきか
台湾靖国訴訟・小泉靖国訴訟―台湾原住民族はなぜ「靖国合祀」を拒否するか
「アベ的なるもの」との三〇年―フィリピン元「従軍慰安婦」補償請求訴訟/「君が代」斉唱拒否訴訟/安倍国葬違法支出公費返還請求住民訴訟)
第三部 労働組合をめぐる判決(三菱重工長崎造船所〔労働時間〕事件―「労働と労働組合活動」を考える
住友ゴム工業事件・近鉄高架下文具店長事件―「職場の労働組合活動」を考える
関西生コン支部刑事弾圧事件―「労働基本権保障」の意味を考える)

非正規を語る 当事者から・弁護士から
ゲスト:中島光孝さん 大椿ゆうこさん
司 会: 二村知子
開催日:2025年10月18日 土曜日
時 間: 15:00~17:00
(要予約・事前購入制とさせていただきます。申込み順)
会 場:リアル(限定50名) &リモート(定員100人)トークイベント
隆祥館書店多目的ホ-ルからリモ-トで配信
詳しくはこちらホームページ チラシココをクリック
真相はこれだ!関生事件 無罪判決!【竹信三恵子の信じられないホントの話】20250411【デモクラシータイムス】
ご存じですか、「関西生コン」事件。3月には、組合の委員長に対して懲役10年の求刑がされていた事件で京都地裁で完全無罪判決が出ました。無罪判決を獲得した湯川委員長と弁護人をお呼びして、竹信三恵子が事件の真相と2018年からの一連の組合弾圧事件の背景を深堀します。 今でも、「関西生コン事件」は、先鋭な、あるいは乱暴な労働組合が強面の不法な交渉をして逮捕された事件、と思っておられる方も多いようです。しかしそうではありません。企業横断的な「産別組合」が憲法上の労働基本権を行使しただけで、正当な交渉や職場環境の改善運動だったから、強要や恐喝など刑事事件には当たらないものでした。裁判所の判断もこの点を明確にしています。では、なぜ暴力的組合の非行であるかのように喧伝され、関西全域の警察と検察が組織的に刑事事件化することになったのか、その大きな背景にも興味は尽きません。 tansaのサイトに組合員お一人お一人のインタビューも連載されています。ぜひ、どんな顔をもった、どんな人生を歩んできた人たちが、濡れ衣を着せられ逮捕勾留されて裁判の法廷に引き出されたのかも知っていただきたいと思います。
動画閲覧できます ココをクリック
増補版 賃金破壊――労働運動を「犯罪」にする国
勝利判決が続く一方で新たな弾圧も――
朝⽇新聞、東京新聞に書評が載り話題となった書籍の増補版!関生事件のその後について「補章」を加筆。
1997年以降、賃金が下がり続けている先進国は日本だけだ。そんな中、関西生コン労組は、労組の活動を通じて、賃上げも、残業規制も、シングルマザーの経済的自立という「女性活躍」も、実現した。そこへヘイト集団が妨害を加え、そして警察が弾圧に乗り出した。
なぜいま、憲法や労働組合法を無視した組合潰しが行なわれているのか。迫真のルポでその真実を明らかにする。初版は2021年。本書はその後を加筆した増補版である。
◆主な目次
はじめに――増補にあたって
プロローグ
第1章 「賃金が上がらない国」の底で
第2章 労働運動が「犯罪」になった日
第3章 ヘイトの次に警察が来た
第4章 労働分野の解釈改憲
第5章 経営側は何を恐れたのか
第6章 影の主役としてのメディア
第7章 労働者が国を訴えた日
エピローグ
補章 反攻の始まり
増補版おわりに

この映画は「フツーの仕事がしたい」「アリ地獄天国」など労働問題を取り上げ注目を浴びている土屋トカチ監督の最新作。「関西生コン事件」の渦中にある組合員たちの姿を描いた待望のドキュメンタリー映画『ここから「関西生コン事件」と私たち』がこのほど完成。業界・警察・検察が一体となった空前の労働組合潰しに直面した組合員と家族の物語を見つめた。(左写真は松尾聖子さん)いまも各地で上映会がひらかれているお問い合わせはコチラ ココをクリック
ー 公判予定 ー
10月31日 国賠裁判 東京地裁(判決) | 15:00~ |
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11月18日 大津第2次事件 大阪高裁(判決) | 14:30~ |