「敵の攻撃を反面教師として」

「敵の攻撃を反面教師としよう。資本・権力が労働組合弾圧に躍起になるのは、連帯労組・関生支部の運動がそれだけ脅威だからだ」と弾圧の狙いと本質を共有して、闘いに挑みました。

1985年の春闘では、宇部直行工場への統一ストライキを敢行。早朝からのストライキには、大阪兵庫の総評とともに、社会党(当時)の土井たか子氏、和田貞夫氏、河上民雄氏の各代議士らが激励に駆けつけてくれました。東京でも宇部直系工場で、弾圧をはね除けストライキを打ち抜きました。

このように、関生支部をはじめとする連帯労組の仲間は、弾圧の本質を見抜き、企業の枠を越えた団結を強化するとともに、我々の要求を阻む真の交渉相手に向かって統一行動を積み重ね、反撃のエネルギーをいっそう高めていきました。

「反撃へ!総評・社会党が全面支援」

あいつぐ弾圧は、個別企業との争議の結果ではなく、建設・生コン労働者の闘いの成果と新たな運動体を丸ごと破壊しようとする日経連・警察権力ぐるみの、いわば総資本の攻撃を背景にしていました。

連帯労組の要請にこたえて、総評、東京地評、大阪総評が全面支援に乗りだしました。1985年3月には、総評、社会党が同席した労働省との交渉が初めておこなわれ、警察・セメントメーカー・生コン業界ぐるみの弾圧政策中止への指導を求めました。

さらに1985年4月、日本社会党が「全日建運輸対策特別委員会」を11人の国会議員団で設置しました。

「3時間を超す政府交渉、業界の労組敵視政策の責任追及」

1985年4月、衆議院議員会館内で行われた政府交渉(建設・通産・労働の三省一括)は3時間以上にわたりました。異常な弾圧の実態と本質を白日の下にさらし、業界ぐるみの組合つぶし攻撃に手を貸してきた行政責任を追及。大阪兵庫生コン工業組合など業者団体の労組敵視政策を改めさせるよう要求したのです。

「通産省が工業組合に雇用責任を認める見解表明。労働委員会が、工業組合の使用者責任を認定」

他方、拠点職場へのストライキと統一行動を集中して展開。反撃のうねりが大きく高まるなかで85年6月、通産省はついに大阪兵庫生コン工業組合の雇用責任を認める見解を明らかにしたのです。

さらに85年8月、大阪府地方労働委員会が大阪兵庫生コン工業組合の労働協約不履行・団交拒否事件で、組合側の全面勝利命令を下したのです。「業者団体との交渉・協約権の社会的認知」として、総評・弁護団・学者グループも高く評価しました。

通産省の見解とあわせ、セメント・生コン業界の不当性が公の場で明らかになったのです。

※ 労働委員会の命令(主文の抜粋)
被申立人(工業組合)は、申立人(関生支部)から1984年(昭和59年)2月25日付けで申し入れのあった32項目の労働協約事項や合意事項の遵守等に関して、申立人と速やかに団体交渉を行なわなければならい。

『大阪兵庫生コン工業組合』
生コンクリート産業の「構造改善事業」の推進母体となる業者団体。通産省の指導と助成措置を受けて、全国43都道府県に設置されている。

『32項目協定』
関西地区生コン支部(当時3500名の労働者加盟)が、大阪兵庫生コン工業組合と締結した労働協約のこと。双方が、団体交渉の当事者確認をしたうえで協定したもので、その内容は、①生コン工場の新増設抑制、②年間休日104日の増日、③生コン産業年金の確立、④生活最低賃金保障制度の確立、⑤退職金の保全(50%は組合が管理)、⑥生コン会館の設置、⑦総合レジャーセンター建設(100億円構想の一環)をはじめ、32項目におよぶ。工業組合加盟の未組織企業(労働組合のない企業)をも拘束する。文字通りの産業別労働協約として、内外から注目と期待を集めてきた。

「高まる反撃のうねり。800団体の緊急署名」

1985年、秋季年末闘争では、総評加盟単産・県評など800労組におよぶ緊急団体署名を集約、連帯労組の存在と闘いを全国に広めることに成功しました。これをバネに、労働者、そして全国生コンクリート工業組合連合会に組合弾圧政策の中止と労使正常化を迫っていったのです。

85年4月には、全生工組連、労働省に団体署名を提出。同年8月には、大阪兵庫生コン工業組合に団交申し入れ。同年11月には、大林組(神戸支店)に抗議行動を展開。さらに同月、宇部興産本社へ抗議行動を展開。85年秋闘では、反核・政治革新を掲げた集会やデモなど大衆行動を展開しました。

ついに国会で追及。セメントメーカーの黒い野望=組合弾圧とヤミ献金の責任」

「連帯労組への誹謗中傷に対して、通産省が謝罪・撤回」

このような、大衆行動を展開したことにより、国会での追及が始まりました。
1986年5月、組合否認を続けるセメント・生コン業界と、これに加担してきた通産省の責任が国会で明らかにされたのです。生コン工組・協組による団交拒否・協約破棄・労働条件改悪と中小企業いじめを操ってきたセメントメーカーが、このために政治家へはヤミ献金、暴力団にも資金供与してきたこと。そして通産省もこの業界ぐるみの不正の構図が発覚するのを恐れて、連帯労組を指して「暴力団まがいの集団」と、おどろくべき誹謗中傷を各方面に流布してきたことを、水田稔代議士(特対事務局長)が衆院商工委員会で厳しく追及した結果、通産省の担当局長は、謝罪し発言を撤回すると表明したのです。

闘いの流れは大きく変わり始めました。

滋賀 恐喝未遂事件
第5回 公判
日時:2019年1月18日 10:00~17:00
第6回 公判
日時:2019年1月25日 13:30~17:00
第7日 公判
日時:2019年1月28日 10:00~12:00
場所大津地方裁判所
大阪 威力業務妨害事件
第1回 公判
日時:2019年2月1日 13:30~
場所:大阪地方裁判所 大法廷 201

「労働組合つぶしの大弾圧を許さない実行委員会」への賛同の呼びかけ
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