言葉を「刃」に変える首相  高市政権4ヵ月、独善と逃避の軌跡

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第104代内閣総理大臣・高市早苗。日本初の女性宰相への期待は、就任からわずか数ヶ月で、国民を置き去りにした「独善」への失望へと塗り替えられた。彼女が放った言葉の数々を辿れば、そこにあるのは強靭な国家像ではなく、弱者の痛みに対する致命的なまでの「共感の欠如」である。

【2025年10月】「働き方改革」を葬り去った根性論

就任直後、全閣僚・党員を前に彼女はこう宣言した。
「私はワークライフバランスという言葉を捨てます。皆さんも馬車馬のように働いていただきたい」

現代日本が直面する少子化やメンタルヘルス問題の根源は、過度な滅私奉公にある。それをトップ自らが否定し、「休まないこと」を美徳として強制する姿勢は、長年の国策であった「働き方改革」への背信行為だ。リーダーの「覚悟」という名の呪縛は、現場の労働環境をさらに硬直させ、多様な生き方を模索する若年世代を絶望させた。

【2025年11月】対中強硬姿勢の暴走と「手土産」のための大軍拡

外交と政治腐敗をめぐる発言も、彼女の「危うさ」を露呈させた。
「戦狼外交」への火に油を注ぐ挑発
11月のアジア首脳会議を前に、彼女は「中国の脅威がある限り、対話よりも抑止力が優先される。妥協は敗北だ」と断言。建設的な外交ルートを自ら閉ざすような言動は、近隣諸国との緊張を不必要に高めた。

防衛費目標の2年前倒し
所信表明で、防衛費のGDP比2%達成を「今年度中に前倒しする」と明言。トランプ米大統領への「手土産」と揶揄されるこの方針は、具体的な財源議論を置き去りにしたまま、国民に「さらなる増税」の影を落とした。かつて閣僚時代に防衛増税を批判し「罷免されてもいい」と啖呵を切った彼女が、自らが増税の旗振り役となる矛盾には沈黙を貫いている。

「そんなこと」発言
政治不信の根源である裏金・献金問題を「そんなこと」と一蹴した瞬間、彼女は民意の代表であることを放棄し、既得権益の守護者へと成り下がった。

【2025年12月】靖国参拝と「内政干渉」への反論

年末、彼女は首相として靖国神社を参拝。中国側からの激しい抗議に対し、記者団の前でこう言い放った。 「どこの国の英霊を祀るかは我が国の内政問題。他国に指図される筋合いはない」

この発言は、保守層へのアピールにはなったかもしれないが、日中の経済協力や邦人の安全確保という現実的な国益を無視した「独りよがりの美学」に過ぎない。対話のテーブルを蹴り飛ばすリーダーの背中に、国民は新たな紛争の火種を見る。

【2026年1月】国民の悲鳴を嘲笑う「ホクホク」発言

1ドル=150円を超え、国民が10円単位の節約に血眼になるなか、川崎市での演説は決定的な「離反」を招いた。
「(円安で)外為特会がホクホク状態だ。何が悪いのか」

政府の帳簿上の利益を「ホクホク」と喜ぶ感性は、生活者の苦痛に対する想像力の欠如そのものである。市場はこの発言を「円安容認」と受け止め、さらなる円安・物価高の引き金を引いた。彼女の不用意な「自慢話」が、翌日のパンの値段を押し上げた事実は、もはや経済失政の域に達している。

【2026年2月】不都合な真実から逃げる「職場放棄」

そして現在。衆院選を目前にした2月1日、彼女はNHK『日曜討論』への出演を放送当日の朝にキャンセルした。
その理由は、耳を疑うようなものだった。
「遊説先で支持者に手を強く握られ、持病の関節リウマチが悪化して手が痛い」

一国のリーダーが、国家の行く末を議論する最高レベルの党首討論を「手が痛いから」という理由で欠席したのだ。しかし、その「激痛」はわずか数時間で魔法のように消え去ったらしい。同日午後、彼女は岐阜県の街頭に立ち、テーピングを巻いた手を掲げながら元気いっぱいに演説を行うという支離滅裂な姿を晒した。

週刊文春は、このドタキャンが単なる体調不良ではなく、当時報じられた旧統一教会側への「挨拶状送付」などの不透明な関係疑惑を、生放送で追及されることを恐れた「敵前逃亡」であった可能性を報じている。「手が痛くて議論はできないが、マイクを持って自分の主張を叫ぶことはできる」――。そんな身勝手な論理で議論の場から逃げ回る指導者に、一体誰がこの国の未来を語る資格を認めるだろうか。

言葉に責任を持てないリーダーは、国家の舵取りを担う資格がない

高市首相の言葉には、常に「国家」や「組織」という数字上の勝利はあっても、そこに生きる「血の通った国民」の姿が見えない。

不都合な質問には「そんなこと」と背を向け、国民の窮状を尻目に「ホクホク」と笑い、旗色が悪くなれば「体調」を理由に逃げ出す。 彼女が「捨てた」のはワークライフバランスだけではない。国民からの信頼、そして政治家としての良識そのものである。 言葉を「刃」として使いながら、その刃が自分に向くと途端に姿を隠す。このような「卑怯な強さ」に、私たちはこれ以上、日本の未来を委ねるわけにはいかない。今、問われているのは首相の言葉の軽さではなく、その言葉を許し続けてきた我々自身の審判である。

最後に…

あるアーティストがXでの投稿記事を紹介します。
その投稿内容は、常に「個人の責任」と「未来への危機感」が鋭く突き刺さる内容です。
彼は、政治に興味がないと切り捨てる若者に対し、その自由を認めつつも「そのツケを払わされるのは自分たちである」と厳しい現実を突きつけます。未来を人任せにすることは、自分の人生の主導権を放棄することに他ならないという警告です。
また、「どうせ自分の一票では何も変わらない」という諦めの風潮に対しても、彼は真っ向 から否定します。その一票の積み重ねが今の現状を形作っているのであり、動かないことは現状維持という選択をしているのと同じだと指摘します。「誰に投票すればいいか分からない」と足踏みするのではなく、まずは自ら調べ、完璧を求めずとも自分の意思を形にすること。その行動自体にこそ、今の日本を変えるための本質的な価値があると書き綴っています。

真相はこれだ!関生事件 無罪判決!【竹信三恵子の信じられないホントの話】20250411【デモクラシータイムス】

ご存じですか、「関西生コン」事件。3月には、組合の委員長に対して懲役10年の求刑がされていた事件で京都地裁で完全無罪判決が出ました。無罪判決を獲得した湯川委員長と弁護人をお呼びして、竹信三恵子が事件の真相と2018年からの一連の組合弾圧事件の背景を深堀します。 今でも、「関西生コン事件」は、先鋭な、あるいは乱暴な労働組合が強面の不法な交渉をして逮捕された事件、と思っておられる方も多いようです。しかしそうではありません。企業横断的な「産別組合」が憲法上の労働基本権を行使しただけで、正当な交渉や職場環境の改善運動だったから、強要や恐喝など刑事事件には当たらないものでした。裁判所の判断もこの点を明確にしています。では、なぜ暴力的組合の非行であるかのように喧伝され、関西全域の警察と検察が組織的に刑事事件化することになったのか、その大きな背景にも興味は尽きません。 tansaのサイトに組合員お一人お一人のインタビューも連載されています。ぜひ、どんな顔をもった、どんな人生を歩んできた人たちが、濡れ衣を着せられ逮捕勾留されて裁判の法廷に引き出されたのかも知っていただきたいと思います。
動画閲覧できます ココをクリック

増補版 賃金破壊――労働運動を「犯罪」にする国

竹信三恵子 (著) 旬報社 – 2025/1/30

勝利判決が続く一方で新たな弾圧も――
朝⽇新聞、東京新聞に書評が載り話題となった書籍の増補版!関生事件のその後について「補章」を加筆。
1997年以降、賃金が下がり続けている先進国は日本だけだ。そんな中、関西生コン労組は、労組の活動を通じて、賃上げも、残業規制も、シングルマザーの経済的自立という「女性活躍」も、実現した。そこへヘイト集団が妨害を加え、そして警察が弾圧に乗り出した。
なぜいま、憲法や労働組合法を無視した組合潰しが行なわれているのか。迫真のルポでその真実を明らかにする。初版は2021年。本書はその後を加筆した増補版である。
◆主な目次
  はじめに――増補にあたって
  プロローグ
  第1章 「賃金が上がらない国」の底で
  第2章 労働運動が「犯罪」になった日
  第3章 ヘイトの次に警察が来た
  第4章 労働分野の解釈改憲
  第5章 経営側は何を恐れたのか
  第6章 影の主役としてのメディア
  第7章 労働者が国を訴えた日
  エピローグ
  補章 反攻の始まり
  増補版おわりに

映画 ここから 「関西生コン事件」と私たち
この映画は「フツーの仕事がしたい」「アリ地獄天国」など労働問題を取り上げ注目を浴びている土屋トカチ監督の最新作。「関西生コン事件」の渦中にある組合員たちの姿を描いた待望のドキュメンタリー映画『ここから「関西生コン事件」と私たち』がこのほど完成。業界・警察・検察が一体となった空前の労働組合潰しに直面した組合員と家族の物語を見つめた。(左写真は松尾聖子さん)いまも各地で上映会がひらかれている。
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