「和歌山事件控訴審判決の内容と意義」普門大輔弁護士

1 はじめに

2023年3月6日、大阪高等裁判所第1刑事部(和田真裁判長ら)は、全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(以下、「関生支部」という)の執行委員3名に対する威力業務妨害、強要未遂事件について、和歌山地裁刑事部が言い渡した原判決(執行猶予付き有罪判決)を破棄し、3名全員に無罪を言い渡しました。
この控訴審判決の内容や意義について、できるだけわかりやすい言葉で解説してほしいというご依頼がありましたので、あくまでも、私の個人的な解説という前提で試みる努力をしてみたいと思います。
私がこの控訴審判決の判示内容を理解するために知っておいていただきたいと考えているのは、大きく2つあります。
❶捜査機関がどのような証拠を基に組合員らの身体を拘束し、起訴したのか、そして、その捜査手法や証拠内容に対する第1審裁判所のチェック機能が働かなかったことに対する控訴審裁判所の憤りを体感すること、
❷控訴審裁判所の判示が、構成要件該当性を否定したにもかかわらず、違法性阻却を認めたことの論理を説明すること、です(構成要件該当性を否定したのなら、それで無罪となるのであって、違法性阻却については判断する必要はなかったのではないかという疑問もあるかもしれません)。

これは、私が別原稿にて「原判決の批判という形をとりながらも、関生支部に対する捜査手法や切り取りの問題点が明らかなのに取り上げず、被害者や広域協側についた元組合員の供述を唯々諾々と採用する原審裁判所の姿勢に対する批判、原審が認定した事実関係への関与の濃淡に応じて、一部の事実や一部の組合員だけを無罪とすることでは到底打ち消し得ない強い拒否を感じました」、「構成要件該当性に係る判断でも十分足り得たようにも思えますが、この事件を通して産別労組の取り組みを認めさせたいという依頼者の意向、産業別労働組合の歴史や暴力組織との闘争の歴史からひも解く主張立証に呼応しようという思いも感じました。」とした詳細を説明することになると思います。

2 捜査機関作成に係る直接証拠に対する司法機関の姿勢の違い

まずは、この原稿の「添付資料」をご覧いただきたいと思います。
これは、和歌山県広域協事務所内で交わされたやりとりに関する記録をもとに弁護人が作成したエクセル表です。㋐が時刻、㋑が発言者、㋒が、当初、捜査機関が提出した証拠の表記(反訳文には、その多くが、聴取不能等を理由に「●●●●」となっていました。)を表しています。㋓は、開示された音声データを何度も聞き返し、聴取不能として「●●●●」と表現されているところで聴取できたものを表しています(この作業を行っている当時、まだ組合側映像は発見されていませんでした。)。㋔は、弁護人が聞き返して聞き取れた発言を(捜査機関は)「聴取不能」としているが聴取できる(聴取不能ではない)、そもそも発言が記載されていない(欠落)、発言が別の意味になっている(誤り)という風に分類したものです。左側「★」印は、その反訳の不正確さが事件の事実認定上影響を及ぼし得ると考えたところに弁護人が付けたものです。
第1審の期日間整理手続きにおいてこのような作業を重ね、検察官側にも提供し、聴取内容の正確性についてチェックを依頼し、最終的には、検察官と弁護人が共同で作成した資料にまとめ、検察官請求証拠として請求してもらう形を取りました。
弁護人は、この作業を以下のように整理しました。

(1)重要な言葉が欠落乃至誤っているもの
2,3,4,19,24,31,40,54,75,76,78,80,84,89,102,105,107,113,115,117,118,120,123,126,134,135,136,138,139,140,141,153,158,170,173,192,193,195,200,201,206,208,210,252,277,278,280,281,282,292,293等
(2)事務所内のやりとり等その場の様子が欠落当しているもの
60,100,130,151,152,175~185,202,203,207,209,212,214~223,225~229,261~265等
(3)反訳が発言の逆の意味になっているもの
6,98,99,119,142,155,188,189,190,191,197,236,247,269,270,291等

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公訴事実を直接立証する現場における録音・音声データという重要証拠の反訳が極めて杜撰で、不正確なものであることが浮き彫りになります。事実認定に大いに影響する点をいくつか拾ってみると、例えば、2、3、4、12、24、100、126、175~185、214~223、190、191、212等の㋒と㋓の違いを見比べてみてほしいです。言葉のニュアンスがそれだけで違うもの、意味が全く逆になるものもあれば、被害者とされる人物や広域協の事務員との組合員との会話、雑談の様子等も音声にはあり、それらを踏まえて全体を理解しようとすると、当時の広域協事務所内の様子の印象が大きく変わります。
そこに後に発見された組合側が撮影していた映像データが発見され、事務員が何度も何どもお茶や水、灰皿を取り替えるなどの接客対応がなされていたこと、複合機周辺に来ては書類を受送信しているような様子(時には組合員との会話のなかで笑顔が確認できたりする様子)、組合員が興奮した組合員を宥めようとしたり、体や腕を割って入れている様子等も確認でき、当初、捜査機関が作成した証拠が極めて不正確であって、その文字面だけを追ったのでは、当時の広域事務所内の本当の様子を窺い知ることができず、裁判所が事実認定を誤るおそれがあると考え、この誤りを是正する作業に注力しました。
和歌山地裁が1審判決を書くのに触れた証拠と、大阪高裁が控訴審判決を書くのに触れた証拠は同じです。
捜査機関作成資料の問題点に関する証拠がたくさんあるのに、1審判決は、そこに触れようとはしませんでした。むしろ、こうした資料に基づいて確認できる、荒っぽい発言だけを取り上げ、有罪判決を書いたのです。
控訴審が「原判決が、❶被告人らの行為が、強要未遂罪及び威力業務妨害罪の各構成要件に該当するとして前提とした事実関係は、事実経過の一部だけを恣意的に取り上げた偏ったもので、事実の誤認があり、上記各構成要件該当性を認めることには疑問が残」(11頁)るとし、また、「被告人らが広域協の事務所を訪れることは、M(被害者)も事前に了解していたことで、Mにおいても、紛糾を覚悟した上で面談に臨んでいたと考えられ、関係者の言動を評価する際には、この点も踏まえた慎重さが求められるところ、被告人らが、やりとりを録音録画するなど、その言動には注意していた様子がうかがわれるのに、被告人らが、いきり立ち行った一部の発言等を、その原因から切り離して取り上げ、強要未遂罪や威力業務妨害罪の各構成要件該当性を認めた点で、著しく不合理なものといわざるを得ない。」(12頁)としてこの点を指摘し、同時に、控訴審が原判決を破棄し、自判する動機が示されています(私は、この判示から捜査機関、及び、木を見て森をみようとしなかった原審への、いったい何を守ろうとしているのか、という憤りと、自判するしかないと考えた裁判官の姿を想像してしまうわけなのです)。

3 構成要件該当性申し分なし、違法性阻却申し分なし、の意味

ある人物が行った行為が犯罪となるかどうかについては、構成要件(今回で言えば、刑法第223条強要罪の規定、刑法第233条威力業務妨害罪の規定がそれになります)に該当すると認められると、次に、(構成要件に該当する行為は違法性が推定されると考えられているため)その違法性を阻却される(消してしまう)事由がないこと、最後に、責任を阻却する事由がないことという検討順序に従って判断するというのが現在の大勢的な考え方です。
つまり、そもそも構成要件に該当する行為がないということになれば、その時点で(違法性阻却や責任阻却の検討も要せず)、その行為は犯罪ではない、となるのです。つまり、違法性や責任について検討する必要もない、ということになります。
このことを押さえてもらったうえで、控訴審判決の次の部分を読みます。
「原判決は、被告人らが、本件に至った経緯等を正しく評価せず、また、Mが被告人らとの面談を受け入れていたという事実を不当に軽視するとともに、被告人らが、M側の対応にいきり立って行った一部の発言だけを取り上げて、事実経過を全体的かつ公平に評価せずに認定した不合理な事実関係を基に、強要未遂罪及び威力業務妨害罪の各構成要件該当性を認めたもので、判決に影響を及ぼすことが明らかな誤認がある」、「もっとも、広域協事務所周辺で他の組合員らによって行われていた街宣活動は、Mが暴力団を使った旨指摘するとともに、これを関係者のみならず、広域協事務所近隣にまで知らしめるもので、これを拡大させていく旨のK(組合員)の発言⑪等は、これを原判決が説示するような身体や自由(身体)への害悪の告知と認めることは困難としても、Mの名誉、自由(営業)、財産に対する害悪の告知と解する余地がある。これらのMの名誉を毀損する街宣活動は行き過ぎであることは否定できず、臨場した警察官が一般人の通行を妨げる等の違法行為が見られなかったと判断し、Mも、その経緯に照らして、このような事態も覚悟していたものとは認められるものの、手段の相当性が問題になる余地があると思われるため、正当行為性に関する論旨についても検討することにする。」(22頁)と続け、この判決のもっとも意義深い、産業別労働組合の活動に対する刑事免責に言及していくわけです。
しかし、先ほど述べた犯罪の成否に関する審理手法からすると、構成要件該当性も否定したのに、どうして違法性阻却について検討したのかという疑問が出てくるかもしれません。
次のように考えるとわかりやすいと思います。
強要未遂罪の構成要件には、「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、または暴行を用いて、人に義務のないことを行わせた」(刑法233条)とされています。
控訴審判決は、この「害悪の告知」がどのような法益に向けられているかという観点で見た場合、とりわけ、広域事務所の周囲で行われた街宣行動等やそれを拡大させていく旨の広域事務所内での発言については、Mの「名誉若しくは財産」に対するものと見受けられる側面があり、そうであれば「身体、自由」に向けられた「害悪の告知」とは認められないものの、「名誉若しくは財産」に向けられた「害悪の告知」という限りで、強要未遂罪の構成要件に該当しうる可能性がある、と。
ならば、犯罪成否の検討順序に基づいて違法性阻却事由の有無を検討しなければならない、という理屈です。
個別の事件に終止符を打つだけでなく、今後同種の捜査や起訴が繰り返されることがないように(あるいは、備えて)、産業別労働組合による活動に対する憲法的保障が及ぶことまで判示する必要があると考えたのではないでしょうか。
そのうえで「産業別労働組合であるところの関生支部は、業界企業の経営者・使用者あるいはその団体と、労働関係上の当事者に当たるというべきであるから、憲法28条の団結権等の保障を受け、これを守るための正当な行為は、違法性が阻却されると解すべきである(労組法1条2項)。」と続け、本件における被告人らの行為について、「確かに、Mの名誉を毀損する街宣活動といった若干行き過ぎといえる部分を含むものとはいえ、暴力を伴うものではない。本件を含む関生支部と広域協との一連のやり取りを全体的に見た場合、被告人らの行為が社会的相当性を明らかに逸脱するとまではいい難く、労組法1条2項の適用又は類推適用により正当行為として違法性が阻却される合理的な疑いが残ると言わざるを得ない」(24頁)と結論づけたのです。
したがって、強要未遂罪(身体や自由に対する害悪の告知)や威力業務妨害罪については構成要件該当性がないがゆえに無罪、強要未遂罪(名誉若しくは財産に向けられた害悪の告知)について(強要(未遂)罪の構成要件に該当する可能性があるがしかし)違法性が阻却されるため無罪、というケチのつけようのない、文字通りの完全無罪、ということになります。

4 おわりに

この控訴審判決は、検察官からの上告はなくそのまま確定しました。これは私の個人的な推測になりますが、関西生コン関連の刑事事件は、これからも判決言渡しや上訴審・関連事件(国賠事件等)の審理が控えるなか、それら他の事件への影響を考えると、憲法的論点を含むこの事件について上告して少なく控訴審判決の確定を阻止すべきであるという意見もあったと推測します。
しかしながら、検察官は、上告申立てを断念しました。これは、最終的には、仮に上告したとしても、また、他の事件に与える影響を考慮しても、控訴審判決を覆す見通しが立たなかったということであり、結果的に、事件が産業別労働組合活動の法的承認を再確認することとなり、検察官にとっても、重い判断となったものと思います。

映画 ここから 「関西生コン事件」と私たち

この映画は「フツーの仕事がしたい」「アリ地獄天国」など労働問題を取り上げ注目を浴びている土屋トカチ監督の最新作。「関西生コン事件」の渦中にある組合員たちの姿を描いた待望のドキュメンタリー映画『ここから「関西生コン事件」と私たち』がこのほど完成。10月下旬から各地で上映運動がはじまった。10 月 23日には「関西生コン労組つぶしの弾圧を許さな い東海の会」が名古屋で、11月6日には「労働組合つぶしの大弾圧を許さない京滋実行委員会」京都で上映会。業界・警察・検察が一体となった空前の労働組合つぶしに直面した組合員と家族の物語を見つめた。(写真右は京都上映会 で挨拶する松尾聖子さん) 今後、11月13 日には護憲大会(愛媛県松山市)、同月25日は「労働組合つぶしを許さない兵庫の会」が第3回総会で、12月16日は「関西生コンを支援する会」が東京で、それぞれ上映会をひらく。

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関西生コン 作られた「反社」労組の虚像【竹信三恵子のホントの話】

デモクラシータイムスで組合員の苦悩、決意を竹信三恵子さんが詳しく紹介されています。

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ー 公判予定 ー

5月11日  京都3事件        京都地裁 10:00~
5月22日     フジタビラ事件            大津地裁 10:00~

関西生コン事件ニュース No.88  ココをクリック3月29日発行 関連動画 「関西生コン事件」報告集会 ココをクリック 
関西生コン事件ニュース No.87  ココをクリック 
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2021年12月9日「大阪市・契約管材局と労働組合の協議」
回答が大阪市のホームページに掲載 
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賃金破壊――労働運動を「犯罪」にする国 竹信三恵子(著)– 2021/11/1 旬報社 1,650円(税込み) 1997年以降、賃金が下がり続けている先進国は日本だけ。 そんななか、連帯ユニオン関西地区生コン支部は、賃上げも、残業規制も、シングルマザーの経済的自立という「女性活躍」も実現した。 業界の組合つぶし、そこへヘイト集団も加わり、そして警察が弾圧に乗り出した。 なぜいま、憲法や労働組合法を無視した組合つぶしが行なわれているのか。 迫真のルポでその真実を明らかにする。

目次 :
プロローグ
第1章 「賃金が上がらない国」の底で
第2章 労働運動が「犯罪」になった日
第3章 ヘイトの次に警察が来た
第4章 労働分野の解釈改憲
第5章 経営側は何を恐れたのか
第6章 影の主役としてのメディア
第7章 労働者が国を訴えた日
エピローグ

【著者紹介】 竹信三恵子 : ジャーナリスト・和光大学名誉教授。東京生まれ。1976年東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社、経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)、2011-2019年和光大学現代人間学部教授。著書に『ルポ雇用劣化不況』(岩波新書、日本労働ペンクラブ賞)など。貧困や雇用劣化、非正規労働者問題についての先駆的な報道活動に対し、2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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