自著『私的判決論』をかたる 弁護士 中島光孝
このたび、白澤社から出版した自著『私的判決論』について少し述べさせていただきます。
■とりあげた十三の判決を大きく、第一部「弁論が開かれた最高裁判決」、第二部「『戦争』にまつわる判決」、そして第三部「労働組合をめぐる判決」に分けて書きました。また、これらに関連する個人的な体験や考えを書いた七つのコラム欄も設けました。
第一部第一章でとりあげた「ハマキョウレックス事件」と「日本郵便〔西日本〕事件も原告は個人ですが、労働組合が全面的にバックアップした事件です。これを加えると、取り扱った労働組合関連の判決は五つになります。第二部第六章「『アベ的なるもの』との三〇年」で触れた「『君が代』斉唱拒否訴訟」も労働組合の支援によって進められたものです。
ある高名なノンフィクション作家は、「この事件〔関西生コン支部和歌山事件〕の逆転無罪判決は拝読していて大変にドラマチックでした」との感想を寄せてくれました。また「大津の事件ではなぜコンプライアンス活動の二人が無罪でないのか納得がいきません」とも述べられています。ひょうごユニオンの方からは、「私たちが関わった住友ゴム事件や関西生コン弾圧事件などがとても分かりやすくまとめられており勉強になります。」との言葉をいただいております。「水俣病訴訟」を扱っていたある大学の先生は、「まず、川上さんに関する第三章を拝読し、泣けてきました」と言われました。
■その他多くの感想が寄せられています。著者としては大いに喜ぶべきところです。ただ、関西生コン支部和歌山事件のところでは、あるまじき誤記が残ってしまい、著者としては大変に残念です。お読みいただいた方、あるいはこれからお読みになる方には心からお詫びいたします。武谷書記次長(当時)ら三名の組合役員は一連の関生刑事弾圧事件で逮捕されたのはやや遅く二〇一九年七月のことでした。ところが本のなかでは「二〇一八年八月」に逮捕された形になっていました。逮捕された翌日に和歌山県の海南警察署に武谷さんに接見に行った私が間違えるはずのない日付です。これは文章を短くする過程で生じたもので、まことに申し訳なく思います。
■ここでは、第九章「関西生コン支部刑事弾圧事件」を中心に書いたこと、書き切れなかったことを述べたいと思います。
まず最初に触れておきたいのは、締め切りぎりぎりの段階で書いた「あとがき」で大椿ゆう子参議院議員の質問と政府回答を書き込むことができたことです。厚労省や国家公安委員会の官僚が国会の委員会で「産業別労働組合にも憲法二八条の労働基本権の保障が及ぶ」と答弁したのは異例のことです。それを引き出した大椿さんの舌鋒鋭い質問があっての答弁だと思います。そしてそのきっかけを作ったのは「関生支部和歌山事件」の大阪高裁逆転無罪判決でした。普門弁護士、久堀弁護士と三人で対応し、何よりも三人の「被告人」の不屈の頑張り、そして多くの支援の声の成果でした。
■先日(二〇二五年六月一四日)の大阪労働者弁護団設立五〇周年の記念講演会後の懇親会で、ある大学の先生が「大きな誤解がある」と述べられていました。会場は発言している人の話を聞いている人もいれば、それぞれのテーブルでの話に集中している人もいて、遠くのテーブルにいた私は全部を聞き取ることができませんでした。しかし途切れ途切れに聞こえてくるお話の趣旨は強引にまとめてしまうと「企業別労働組合を労働組合だというのは大きな誤解だ」ということのようです(私自身の思いが入っているかもしれませんが)。
実は、その部分は本に書きたかったことです。第九章の部分のもとの原稿を書いているときは労働組合関係の文献をいろいろ読みました。その中には、宮前忠夫著『企業別組合は日本の『トロイの木馬』』(本の泉社、二〇一七年)もあります。
この本の序章の部分には、トレード・ユニオン(trade union)を日本語に訳すと、「職業別・産業別の労働者組合」、より正確には「団結体としての(個人加盟、職業別・産業別を原則とする)労働者組合」だと書かれています。ところが日本では世界の常識と離れて、企業別労働組合(company union)が「労働組合」として法認されている。その謎解きは簡単ではない。このように書かれています。
■日本財界の代表であった櫻田武は、「〔イギリスでは〕日本のようにカンパニーユニット・ユニオンではないので、職種別にストをやられると対抗できない。このことから、やはり日本で労働組合法を作るとき、カンパニーユニット・ユニオンを本来あるべき姿として実現したのは大事な点だったと痛感した次第である」(『櫻田武論集(上)』日本経営者団体連盟、一九八二年、二五五頁)と述べています。ここに、産業別労働組合である関西生コン支部が弾圧され続ける、世界からみて〝非常識〟な理由があると思いました。しかし、この部分を書き出すと膨大な量になるため私の本では書くことができませんでした。
和歌山事件の担当検察官は、東京地裁での国家賠償請求訴訟で、「正当行為の問題になるのは労使関係にある事案というのが過去の裁判例の集積でほとんどだったかと思います」、「団結権の話については私も当時本を調べましたがほとんど書いてなかったように記憶しています」と証言しています(二〇二五年三月七日)。しかし私たち弁護団が和歌山地裁に提出した証拠調請求書においては、宮前忠夫氏の前記著書その他の文献を証拠調べ請求しています。産業別組合の団結権について書かれている本はほとんどなかったという話はまゆつばものです。
つまりは財界も検察も産業別労働組合は認めたくないというのが本音であり、それだけに官僚から産業別労働組合にも憲法二八条の保障が及ぶという答弁を引き出した大椿議員の功績は大きいものがあります。
■労働組合が人類の歴史のなかでどのように位置付けられるのか、という大きな展望のほんの入口部分に触れたのが、第七章の「三菱重工長崎造船所〔労働時間〕事件」です。長崎三菱連帯労組の組合規約には「賃金雇用制度を廃止し、労働者階級の解放を実現すること」とあったそうです。マルクスの『賃金・価格・利潤』には「(労働組合が)自己の組織された諸力を労働者階級の最終的解放のための、つまりは賃金制度の究極的廃絶のための梃子として用いないならば、それは全面的に失敗する」と書かれています。
これに対して多くの労働組合の組合規約にはこのような規約は書き込まれていません。賃金制度を廃止しなければ労働者階級が解放されないのだろうか。こうした疑問が特に高度資本主義時代には疑問が生ずることになります。この点については、三菱長崎連帯労組の西村卓司さん、全労協大阪議長の前田裕晤さん、神戸「交流」の上田理さんの三人の労働組合についての考え方をあくまで私の推測で比較してみました。そこから柄谷行人氏が近年になって強く打ち出している「交換様式」の考え方も参考にしてみました。
私自身は、関西生コン支部の「一面共闘・一面闘争」の運動は、交換様式B(服従と保護)に抗い(国家権力に対抗する)、また交換様式C(貨幣と商品)に抗い(大資本に対抗する)、その先に、「連帯」と「友愛」の社会を展望するものではないかと牽強付会ではありますが、そのように受け止めています。
■ハマキョウレックス事件については、支店長が作成した書面が労働組合の圧力のもとで作成されたものであって、信用できないとされてしまいました。これはその文書の作成現場に一人で立ち会った原告の池田さんにとって到底納得できない裁判所の事実誤認であると思います。しかし、それがために労働契約法(旧二〇条)違反の有無の判断に入ることとなり歴史的な勝利判決を得たことはうれしいとともに、複雑な気持ちになります。
なにはともあれ、ご一読くださるようお願い申し上げます。

中島光孝/著
出版社名 白澤社
ページ数 334p
発売日 2025年06月
販売価格 : 3,400円 (税込:3,740円)
目次
第一部 弁論が開かれた最高裁判決(ハマキョウレックス事件、日本郵便〔西日本〕事件―「非正規格差」をどう是正するか
空知太神社事件最高裁判決―政教分離原則違反はだれがどのような基準で判断すべきか
水俣病訴訟―公害企業救済か被害者救済か)
第二部 「戦争」にまつわる判決(大阪・花岡中国人強制連行国賠請求訴訟―国家の「強制」による「加害」を国家はいかに償うべきか
台湾靖国訴訟・小泉靖国訴訟―台湾原住民族はなぜ「靖国合祀」を拒否するか
「アベ的なるもの」との三〇年―フィリピン元「従軍慰安婦」補償請求訴訟/「君が代」斉唱拒否訴訟/安倍国葬違法支出公費返還請求住民訴訟)
第三部 労働組合をめぐる判決(三菱重工長崎造船所〔労働時間〕事件―「労働と労働組合活動」を考える
住友ゴム工業事件・近鉄高架下文具店長事件―「職場の労働組合活動」を考える
関西生コン支部刑事弾圧事件―「労働基本権保障」の意味を考える)
真相はこれだ!関生事件 無罪判決!【竹信三恵子の信じられないホントの話】20250411【デモクラシータイムス】
ご存じですか、「関西生コン」事件。3月には、組合の委員長に対して懲役10年の求刑がされていた事件で京都地裁で完全無罪判決が出ました。無罪判決を獲得した湯川委員長と弁護人をお呼びして、竹信三恵子が事件の真相と2018年からの一連の組合弾圧事件の背景を深堀します。 今でも、「関西生コン事件」は、先鋭な、あるいは乱暴な労働組合が強面の不法な交渉をして逮捕された事件、と思っておられる方も多いようです。しかしそうではありません。企業横断的な「産別組合」が憲法上の労働基本権を行使しただけで、正当な交渉や職場環境の改善運動だったから、強要や恐喝など刑事事件には当たらないものでした。裁判所の判断もこの点を明確にしています。では、なぜ暴力的組合の非行であるかのように喧伝され、関西全域の警察と検察が組織的に刑事事件化することになったのか、その大きな背景にも興味は尽きません。 tansaのサイトに組合員お一人お一人のインタビューも連載されています。ぜひ、どんな顔をもった、どんな人生を歩んできた人たちが、濡れ衣を着せられ逮捕勾留されて裁判の法廷に引き出されたのかも知っていただきたいと思います。
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増補版 賃金破壊――労働運動を「犯罪」にする国
勝利判決が続く一方で新たな弾圧も――
朝⽇新聞、東京新聞に書評が載り話題となった書籍の増補版!関生事件のその後について「補章」を加筆。
1997年以降、賃金が下がり続けている先進国は日本だけだ。そんな中、関西生コン労組は、労組の活動を通じて、賃上げも、残業規制も、シングルマザーの経済的自立という「女性活躍」も、実現した。そこへヘイト集団が妨害を加え、そして警察が弾圧に乗り出した。
なぜいま、憲法や労働組合法を無視した組合潰しが行なわれているのか。迫真のルポでその真実を明らかにする。初版は2021年。本書はその後を加筆した増補版である。
◆主な目次
はじめに――増補にあたって
プロローグ
第1章 「賃金が上がらない国」の底で
第2章 労働運動が「犯罪」になった日
第3章 ヘイトの次に警察が来た
第4章 労働分野の解釈改憲
第5章 経営側は何を恐れたのか
第6章 影の主役としてのメディア
第7章 労働者が国を訴えた日
エピローグ
補章 反攻の始まり
増補版おわりに

この映画は「フツーの仕事がしたい」「アリ地獄天国」など労働問題を取り上げ注目を浴びている土屋トカチ監督の最新作。「関西生コン事件」の渦中にある組合員たちの姿を描いた待望のドキュメンタリー映画『ここから「関西生コン事件」と私たち』がこのほど完成。業界・警察・検察が一体となった空前の労働組合潰しに直面した組合員と家族の物語を見つめた。(左写真は松尾聖子さん)いまも各地で上映会がひらかれている。
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ー 公判予定 ー
10月31日 国賠裁判 東京地裁(判決) | 15:00~ |
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11月18日 大津第2次事件 大阪高裁(判決) | 14:30~ |